2012/03/31

野菜との関わり

  子どもの頃、野菜が美味しいなんてほとんど思ったことがなかった。野菜とは、栄養を摂るために頑張って食べるものだった。
  野菜が美味しいと感じ始めたのは、有機栽培や自然栽培で作られた野菜を食べるようになってからだ。味付けをほとんどしなくても、生のまま食べても美味しくて驚いた。
  最初、有機栽培と自然栽培の違いがわからなかった。自然栽培といっても定義に幅があり、いまだによくわかっていないが、とにかく出来るだけ人が手を加えない方法だと知った。植物本来の力だけで育つのだと。そうしたほうが人間にとっても美味しく育つのだと。このことは自分にとって、驚きだった。それまで、農薬が化学肥料を使わない栽培というと、「マイナスを消す」栽培方法だと思っていたが、人間が手を加えないことで、植物本来の無限のプラスが生まれるのだと気づかされ、感動を覚えた。野菜は育てるものだと思っていたが、自然に育つんだ、人間が管理して育てるよりも、自然に任せておくほうが植物は元気に育つ。そのことには何か大きな意味があると感じた。
  有機栽培や自然栽培の野菜を食べているというと、農薬や化学肥料を恐れ過ぎている、あるいは贅沢だ、と思われる方が今でも多いのではないかと思う。自分も最初の頃は少し贅沢だと感じていたが、それに慣れると、元には戻れなくなった。味がいいし、体調もよくなってきたように思う。農薬や化学肥料は、いくら科学的に安全だと言われていても、そういうものを使った作物を自分はなるべく摂取したくないと思っている。
  そしていつしか、野菜を買って食べるのは不自然だと感じるようになった。そのことについてはまた改めて書きたいが、そうこうしているうちに、小さな畑を始めた。人は知識でわかったような気になるけれど、自分でやってみないことには何もわからない。何もわからないところからのスタートとなった。(M)

2012/03/19

畑じゃないところ

  もともと空き地だったこの土地は、道行く人にゴミ箱扱いされてきたようで、ゴミがたくさん出てくる。空き缶、空き瓶、ペットボトル、お菓子のカラ、粉々になったビニール、錆びた物干し竿、肥料袋、ネット、ポリ紐、手袋、変色した乾電池、使い捨てライター、タバコの吸殻、タバコの空き箱、バスマット、割れた植木鉢など、ちょっとびっくりするほどだった。持ってきたMサイズのゴミ袋はたちまち2袋満タンになった。自転車なども出てきたと、前に管理人さんにきいた。
 農園のまわりの畑でない場所は普段、枯れ草で土の表面が覆われている。枯れ草の上に見えていた犬のフンやゴミを片付けた。花でも植えたら、きっとポイ捨ても少しは減るかな、と、管理人さんに許可をもらった場所に花を植えることにした。
 花を植えるために、枯れ草をめくってみると、またゴミが積もっていた。枯れ草をめくったときに、すぐ下にあったフンに気づかずに触ってしまい、ぎゃーっと大声をあげて軍手を捨てた。犬のフンも古いのから新しいのまでいっぱいあった。植え穴を開けようと、土をほると、またゴミが出てくる。プラスチックゴミは土に還らないはずだけど、土の中で何年も経ったようなのは、粉々になって、風化寸前に見えた。こんなのが土に還ってしまったら、有害物質が溶け込んでしまうんじゃないの、いや、その前に、虫とか微生物はこんなの食べてしまっているの?と心配になった。怒っても仕方ないと思いつつ、やっぱり腹が立ってくる。バレなきゃそれでいいのか。
運営会社のほうで植えてくれていたパンジーで元気がないのがあったので、ちょっと掘り返してみたら、根っこがあんまり伸びていなかった。掘った穴を見ると、やっぱりポリ袋などがのぞいている。ゴミを取り除き、「こんなところに根っこなんて伸ばしたくなかったよね、ゴメンゴメン」とパンジーをなだめて、もとの場所にもう一度植えた。
 畑がいくらいい土でも、畑のまわりにあんなにゴミやフンがあったら、農園全体の生き物たちはバランスを保てないと思う。気分も悪い。畑と畑じゃないところはネットで区切られていて、別々に見えるけれど、空気も土もつながっている。病気や虫が出たら、有機の薬で退治すればいいとか、虫よけになるものを置けばいいとか、いろいろ情報はあるけれど、農園全体の環境をできるだけ自然な状態に戻すのがいちばん大切なことだと思った。
 ちょっとずつ花を植え、だんだん賑やかになってきた。うちのベランダで虫に食べられた鉢植えの花(写真の左下のちっちゃいの)も、根っこが生きていたらしく、鉢の中でまた芽を出してくれていた。地植えしたら、だんだん大きくなってきてうれしい。出入り口のある門の前の段差を平らにならして、門の両脇につる性のジャスミンを植えた。あったかくなったらネットをつたって大きくなって、出入りのたびに甘い香りをさせてくれると思う。

2012/03/11

種まき―花・人参・葉物

  3月4日にラークスパー、8日に黒田五寸(にんじん)、10日に葉物、11日にレモンバームの種をまいた。葉物は、水菜、レタス、こまつな、ほうれん草、不断草、ターサイ、エキナセアなどを混ぜて、ばらまいた。緑肥としてシロツメクサもまいた。何がどこに育つかは、種と土しだい。自然の意志を見るのが楽しみだ。
 「今なら虫の被害なく、葉物ができるよ」とたねやのおにいさんや、「そろそろ野菜の生育に適した温度になってきました」と畑の管理人さんにアドバイスをもらい、やってみることにしたものの、まだ雑草の芽もそんなに出ていない。河津桜の蕾もかたい。まだ寒いし、早すぎるのではとも思うが、種なら苗と違って、出てきたいときに出てきてくれるだろう。(やっぱり、今まくのは、不織布や寒冷沙などでの保温が前提だったらしい。こういう人工的なものは極力使わないようにしたい。)

2012/02/20

ビニールマルチ、便利といえど

  午後、畑の共同スペースに、自宅から持ってきたパンジーを移植した。その場所は道路に面しており、いろいろなゴミが捨てられていた。プラスチックの棒や軍手、ビニールの断片などが出てきた。土の中にもたくさんゴミが埋まっていた。新しい場所を掘る度にプラスチックゴミが現れる。何年経っても土に返らないプラスチックゴミが憎たらしくなった。自分も普段からプラスチックの便利さを享受しているわけだが、そのゴミが土に返らないことの意味を改めて知らされた。
 その後、ブルーシートをかけていない部分の土を返す作業に移った。この場所には、土に米ぬかと腐葉土をすき込んで、透明のビニールを張っていた。ビニールの保温効果で温度が高くなっているので、そこだけ草の芽が出ていたが、ビニールの下の土はあまり喜んでいないように感じた。土をかけて重しにしていたのだが、土をどけてビニールを外すのは手間がかかった。そしてこのビニールは結局大きなゴミになった。
 この作業の前に、畑に捨てられたビニールゴミに腹を立てたので、保湿のためにビニールを使うことに嫌悪感を感じた。便利な面があるとはいえ、こんなものを使うのは愚かだと思った。今後、ビニールシートを使わないことに決めた。
 ビニールを外した場所の土を掘る、米ぬかが密集していたところに白い点々(ホウセン菌というと聞いた)ができていた。
 土を返していると、黄色い幼虫が全部で10匹以上でてきた。スズメより大きな、少し丸みがかった鳥がこの幼虫を食べに来た。目を離したすきにすばやくクチバシでつまんで、大急ぎでどこかに飛んで行く。そしてすぐまた戻ってきて次の幼虫を連れて行く。大きい幼虫から順に持って行き、小さいのが2、3匹残された。キョロキョロ見渡しているので、キョロちゃんと名付けた。
 返した土は山に盛り、ワラを上に敷いた。保温性ではブルーシートに敵わないが、見た目はいい。(M)

2012/02/19

「肥毒層」をぶっこわせ!

 自然農法の本を読んでいて知った「肥毒層」の存在。化学肥料や未熟肥料をやりすぎた土地では、地表から約20~30cmくらいのところに、余分な養分が凝り固まり、固くて冷たい層できているそうだ。これが肥毒層と呼ばれている。肥毒層があることによって、土のエネルギーが遮断される。自然栽培を始める土地では、まずこの肥毒層を砕かなければならないと本で読んだ。
 私たちが借りた畑は、以前何に使われていた土地なのかわからない。地下20~30cmくらいまで掘って点検してみることにした。掘ってみると、自分の足のサイズくらいの深さのところに、固くてなかなか鍬が入らないところがあった。その層を越えると、表面よりももっとふかふかの土があった。その層を境にして、上にコガネムシの幼虫がたくさんいて、その下には太くて長いミミズがいた。(その後、畑のまわりを掃除したときに、大量のビニールマルチと肥料袋などがでてきたので、おそらく、慣行栽培をしていた農地だったのだろう。)
 3時間くらいかけて、区画の半分だけ、肥毒層をすっかり壊した。肥毒層を砕いても、ただ分散して存在しているだけなので、散らばった肥毒を抜く必要があると考えた。調べてみると、豆科やイネ科、麦などが肥毒を吸い取ってくれるということがわかったので、試してみたい(参考:健友館HP「なぜ無肥料で野菜ができるのか」)。(C)